この度の赤坂サウナ火災で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りします。ご遺族の皆さまに深くお悔やみ申し上げます。
2025年12月15日、東京都港区赤坂の高級個室サウナ店「SAUNATIGER」で発生した火災事故で、美容師の夫婦お二人がサウナ室内で亡くなられました。
この悲劇は、いまも多くの人々に衝撃を与えています。
今回、12月21日18時〜放送された日本テレビの情報番組「真相報道バンキシャ!」の取材では、鍵とドア修理に25年間携わった専門職人であるコバヤシが事故の核心にある「ドアノブ」と「ラッチボルト」の構造、そして閉じ込めが起きる仕組みについて、現場の視点から詳しく解説しました。

■ 取材の経緯:番組が注目した“ドアノブ閉じ込めのリアル”
事故後、報道番組のスタッフから「サウナ室のドアノブが外れて閉じ込められることは本当に起こり得るのか?」という技術検証の依頼がありました。
ちょうどその頃、コバヤシが担当していた現場も、室内ドアノブの故障によるトラブルでした。
依頼主の女性は「リビングから出られなくなった」と話しており、偶然にも取材当日は、まさに“ドアノブの故障による閉じ込め”という問題を象徴する現場だったのです。
■ ラッチボルトとは:ドアを支える“見えない命綱”
一般の方には馴染みのない部品ですが、ドアの側面にある「斜めに飛び出た金属の爪」がラッチボルトです。
この部品がドアを閉じた状態で保持し、ノブを回すことで内部のバネ構造が戻って扉が開く仕組みになっています。
問題は、このラッチボルトが経年劣化により割れる・歪む・錆びることです。
室内ドアでも10年を超えると、内部金属の摩耗によって押しても引いても動かなくなることがあります。
コバヤシは記者の方やお客様に質問されましたら、次のように説明します。
「ラッチボルトが割れた状態でノブを無理に回すと、内部の芯が空転して、外側も内側も効かなくなります。サウナのような密閉空間では、それだけで致命的になります。」
■ サウナ室に“木製ノブ”──構造上あり得ない選択
事故現場のサウナ室には、木製のL字型ドアノブが使用されていました。
木材は高温多湿の環境に最も不向きな素材です。
サウナのような70〜90℃の環境下では、木材が膨張してネジが緩み、芯金が遊び、最終的に脱落する危険があります。
コバヤシは次のように指摘します。
「木ノブの芯金は中のスピンドル(四角い金属軸)でつながっています。
その芯が折れると、内外どちらのノブも一気に外れる構造になります。
これが“両側脱落”で、中からも外からも開かない状態になるんです。」
報道でも「内外両方のノブが外れていた」とされており、構造上の危険が現実化した可能性は非常に高いと考えられます。

■ 専門家が見る“取り付け方”の盲点
室内用ドアノブは、「ネジ位置」「台座」「バックセット(ドア端からノブ中心までの距離)」など、数ミリ単位で設計されています。
一見同じようなノブでも、以下の要素が合っていなければ緊急時に開かない構造を自ら作ってしまうことになります。
- バックセット:51mm/60mm
- ドア厚さ:33mm〜45mm
- 台座の向き:内側/外側
- ネジの位置:開閉方向との関係
「DIYで取り付けたドアノブは、プロが見ればすぐに分かります。
ネジの向き一つで閉じ込めになるかどうかが変わります。
室内なら外から外せるように設計しますが、サウナのような密閉空間では“内側からワンタッチで開く”構造が必須なんです。」
■ “10年交換推奨”は業界基準──放置すれば命に関わる
日本ロック工業会(MIWA、GOAL、長沢製作所などが加盟)では、以下の基準が定められています。
- 一般住宅用の錠前・錠ケース・ラッチボルト&デッドボルト類:10年で交換推奨
- 電気錠・オートロック:7年で交換推奨
「“まだ動くから大丈夫”という人が多いですが、動くことと“安全に動くこと”は違います。
いつ壊れるか分からない状態で使うのは、車で言えばブレーキパッドを削り切るのと同じです。」
今回のサウナはオープン3年目でしたが、サウナ室は高温多湿で連続使用されるため、一般住宅の10年以上の使用劣化に相当する環境だったと考えられます。
■ 素人修理の“わずかなズレ”が命を奪うことも
近年、DIY動画を参考にして自分でドアノブを直そうとする方が増えています。
しかしコバヤシは声を大にして伝えます。
「ドライバーで簡単そうに見えても、ネジを締めすぎたり山をなめたりすると、いざという時に外せません。
実際に“自分で直そうとしてドアが閉まって出られなくなった”という依頼はかなり多いです。」
ネジを扱う際は「押し8割・回し2割」という職人の感覚が求められます。
ネジ1本の締め加減で、開くか閉じるかが決まります。

■ 高齢者と単身世帯──“小さな閉じ込め”が命を奪う時代へ
サウナの事故は特殊に見えますが、本質は「閉じ込めリスクは家庭内にも存在する」という点です。
トイレや浴室、リビングなど、家庭で最も使用頻度の高い室内ドアが20年以上ノーメンテナンスというケースは少なくありません。
「高齢者がトイレで閉じ込められたまま発見が遅れるケースもあります。
夏場なら熱中症、冬場なら低体温になることもあります。
たかがドアノブ、されどドアノブ。命に関わる構造物なんです。」
■ 専門家の警告:「“違法ではない”では済まされません」
サウナ施設に限らず、木製ノブ・内開き扉といった構造は、現行法上「違法ではない」ものの、安全設計としては明らかに不適切です。
「本来、サウナのような高温環境では“押して開くパニックドア”が標準です。
高温多湿の場所で木ノブを採用するのは設計段階の誤りです。
防火基準がないこと自体が問題です。」
コバヤシは次のように考えています。
「私たちは“壊れたから交換”ではなく、“壊れる前に守る”という意識を広めたいと思っています。
サウナ事故は他人事ではありません。
家でも同じ構造のトラブルは起きます。
ドアノブに違和感を感じたら、それが“最初の警告”です。」
■ 【結論】サウナ事故は「たかがドアノブ」で起きたのではありません
この事故は偶然ではありません。
設計段階での安全配慮不足、使用環境の誤認、素材の選択ミス、
そして“まだ動くから大丈夫”という過信が重なって起きたものです。
人を閉じ込めるのは“火”ではなく、“構造”です。
それを防げるのは、知識と点検、そして職人の目だけです。
「ドアノブが外れる──それは単なる部品の不具合ではありません。そして、その先には命があります。」